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確かな厚み

  • yumeomou gatmountain
  • 2023年11月23日
  • 読了時間: 1分

私は引き続き、心のどこかで読み手の評価を追っている。確かに感じたくて日課としての執筆に臨みながらどうしても自制できずに追っている。焦ったくもあるのだが、他者の評価というものは意外にも心を持って感じ取りにくい。


心で感じ取るように味わうものなのだろうから、理論的にはそのようなものだと理解しているつもりなのだが、それこそ意外にもそれが飲み込めていなかったりする。


ならばどうする。私は思う。プリントアウトした論説、小説、自身の表現物の確かな厚みを通して感じるところがあるならば、きっと私はこの活動は確かなのだろうと思ったりする。幾らかの確からしさというものが感じられるのであるならば、私の活動には恐らく意義があるのだろう。意義というもの、概念が存在するのだろうと思う次第だ。


非常に穏やかな心で己の作品と向き合えたとき、その手に確かな厚みが感じられたとき、私は私の明日からの活動の確からしさを感じることができているのかもしれない。


 
 
 

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格好つけようとすると

余計に情けなく思えてくる私だから 自然体で己が素直に伝えたいことのみを 真摯に書き綴っていきたいと思います 格好つけようとすると 物凄く格好わるい結果を呼び寄せてしまう私だから 常日頃から 己に言い聞かし、内的に気を付けています 自分事ながら、いつも、必ず、あなたのためだからと 警鐘を鳴らします

 
 
 
年頭にあたり

やりたいことを考える。活動したいことを 考える。素直に考える。 今年、活動できたことは、年後半、確かに報告したい。 少なくとも、活動できたことは報告したい。 やりたいことを報告するよりは、活動できたことを 具体的に報告したい。 年頭にあたり、そうした己の意識を改めて確認した次第だ。 年末に何を思うことになるのだろうか。まずは今年を確かに 生きる必要がありそうだ。

 
 
 
元気でありたい

年の終わりにそう願う。 新たな年を迎えるにあたり、そう強く願う。 誰かを元気できる。そんな自分でありたい。 だけれど、そのような高望みしても難しいのはわかっている。 だから、今日も自らが、己の活動を通して、元気になろう、元気であろうと願うばかりだ。 そんな私は、今日も健気にモノを綴る。一人の書き手として。

 
 
 

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