確かに感じられてくることyumeomou gatmountain2023年3月5日読了時間: 1分数年が経過する。小説、論説に臨んで数年が経過する。確かな分量になってきている。厚みが出てきた。私は私の作品に今思うことがある。私は確かに私の人生に挑み続けられている。私の人生の可能性に対して、真摯に向き合い、簡単に捨ててしまわず、望めている。私は私の人生とその可能性を諦めず、確かに向き合い続けられている。描き続けながら、そう実感するのだ。それが何より温かい。
格好つけようとすると余計に情けなく思えてくる私だから 自然体で己が素直に伝えたいことのみを 真摯に書き綴っていきたいと思います 格好つけようとすると 物凄く格好わるい結果を呼び寄せてしまう私だから 常日頃から 己に言い聞かし、内的に気を付けています 自分事ながら、いつも、必ず、あなたのためだからと 警鐘を鳴らします
年頭にあたりやりたいことを考える。活動したいことを 考える。素直に考える。 今年、活動できたことは、年後半、確かに報告したい。 少なくとも、活動できたことは報告したい。 やりたいことを報告するよりは、活動できたことを 具体的に報告したい。 年頭にあたり、そうした己の意識を改めて確認した次第だ。 年末に何を思うことになるのだろうか。まずは今年を確かに 生きる必要がありそうだ。
元気でありたい年の終わりにそう願う。 新たな年を迎えるにあたり、そう強く願う。 誰かを元気できる。そんな自分でありたい。 だけれど、そのような高望みしても難しいのはわかっている。 だから、今日も自らが、己の活動を通して、元気になろう、元気であろうと願うばかりだ。 そんな私は、今日も健気にモノを綴る。一人の書き手として。
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